喪失体験とグリーフ
喪失体験とは、かけがえのない【人】【物】を失う体験です。
私たちは、人生の中で様々な喪失体験を繰り返しています。親・きょうだい・祖父母・親戚・友人との死別、可愛がっていた生き物やペットとの別れ(Pet Loss)、その他、卒業・転校・失恋・離婚・失業・転職などのライフイベントも喪失体験に含まれます。
かけがえのない人との死別は、人生最大の危機ともいえますが、誰にでも訪れる喪失体験でもあります。喪失体験によって私たちは、様々な感情や思いが沸き起こり、様々な反応や行動が表れます。これらの感情や思い、反応、行動が、『グリーフ』です。このため『グリーフ』は、病気や障害、異常ではなく、喪失体験によって生じる自然な感情であり、正常なこころの反応です。
わが国では『グリーフ』を「悲嘆」と訳されることが多くありますが、『グリーフ』は「悲嘆」だけではなく、死別したかけがえのない人を恋しくと思う気持ちや、会いたいと思う気持ち「愛惜」も『グリーフ』であり、また、長期介護の末に亡くなられた御家族に対して御遺族が抱く「安堵感」も『グリーフ』です。
『グリーフ』は、時間の経過とともに消えるものではありません。命日や記念日、思い出の日、思い出の場所など、様々なきっかけで御遺族の心は揺れ動き、様々な感情や思いが沸き起こります。これも『グリーフ』です。このような様々な感情や思いを抱きながら、少しずつかけがえのない人との思い出や記憶をこころの中にとどめること、亡き人とのつながりを再び感じられることが、御遺族にとってとても大切なことだと思います。
グリーフのプロセス~揺れ動き続けるこころ~
大切な人を亡くしたとき、私たちは悲しみや辛さ、怒り、後悔などの様々な感情や、食欲が湧かず、眠れず、人との接触を避け、引きこもるなどの様々な反応や行動が表れることがあります。この様々な感情や反応が、グリーフです。
グリーフは、誰にでも起こりうる自然な感情で、正常な反応ですが、グリーフの内容や程度は、それぞれ異なります。100人には100通りのグリーフがあります。
私は、15年前に大切な人を亡くしました。亡くした直後は何が起こったのかを理解できず、只々驚くばかり(ショックの段階)。その後は「そんなはずはない!」と事実を認められず(否認の段階)、自分自身に対する怒りや関係する人を非難するような感情が沸き起こり(怒りの段階)、会えなくなったことへの強い悲しみと後悔に襲われました(抑うつの段階)。そして、いつの日からか、大切な人が私のこころの中で生き続けているような、私をいつも応援してくれているような気持ちが広がり始め(再適応の段階)、現在に至っています。
このように、多くのグリーフは、月日の流れと共に再適応の段階に向かっていくといわれています。しかし、このような感情や反応は一方向(右図:青矢印)に再適応の段階に向かっていくわけではありません。
私は、大切な人の命日が近づくとこころがソワソワし始めます。命日は、とても悲しい気持ちになる年もあれば、怒りが沸いてくる年もあります。その人の誕生日を迎えると、「今日で○歳」と年を数え、○歳のその人に会いたくなります。その人と行った場所や好きなものを見かけたときも、様々な感情や反応が湧き起ります。そして、様々なタイミングでその人の存在が感じられたとき、悲しく涙することもあれば、再会できた喜びを感じることもあります。
このようにグリーフのプロセス(過程)は、揺れ動くものです(右図:紫線)。グリーフの内容や程度がそれぞれ異なるように、グリーフのプロセスもそれぞれ異なります。
東日本大震災から5年が経過しました。この震災の受け止め方もそれぞれで、5年という月日の過ごし方も異なります。「もう5年」「まだ5年」と思う方もいれば、年月では説明できない感情を抱いている方もいることでしょう。また、震災だけではなく、病気や事故、自死などで大切な人を亡くした方もそれぞれがそれぞれのグリーフを抱いています。
あなたは今、どのようなグリーフを抱いているでしょうか。
グリーフは、月日の流れと共に消えていくものではありません。
グリーフは、大切な人を亡くしたその日からずっとこころの中で揺れ動き続けています。